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危険な古代史
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〇 皇紀を使うと見えないものが見えて来る!日本には、日本の始まりを書いた『古事記』『日本書紀』という書物がある。 古事記と日本書紀には、推理小説の謎解を彷彿とさせるトリッキーな数字の仕掛けが組み込まれている、ということを見つけたのだ。 その数字の仕掛けとは、日本書紀にある古代の天皇の即位元年、崩御の年、崩御時の年齢と、古事記にある崩御時の年齢、そして古事記序文最後にある撰進の日付を皇紀で一覧表にまとめたときに、姿を現すのだ。 |
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表示する要素が多く、スマホだと画面が小さくて観にくく、心苦しいが、一番上が日本書紀の各天皇の元年を皇紀すなわち神武天皇の元年を起点とした暦法で算出したもの、次が各天皇の漢風諡号=名前、次いで崩御の年、崩御時の年齢、その下が古事記に記載の崩御時の年齢、左端が古事記序文の最後にある>撰進の日付である。 さて、話を先に進めよう。 〇 パスコードは137と731まず、1神武天皇。 12景行天皇は日本書紀では106歳だが、古事記では1神武天皇と同じ137歳となっている。 しかも数字の一致はこれだけではなく、ほかにもある。 これには、何やら推理小説に出て来る暗号のようなトリッキーな雰囲気を感じないだろうか? |
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仮にこの数字の一致が偶然だとすれば、西暦で表を作ったときにも、やはりどこかに、このような数字の一致を見いだせるはずだ。 とにかく、こんな数字の一致は偶然ではなく、日本書紀の編纂者の舎人親王と、古事記の編纂者の太安萬侶が示し合わせて、作為的に仕込んだのでなければ、あり得ないことだ。 これまでの研究では、日本書紀は、奈良時代の歴史を書いた続日本紀に、養老四年、西暦720年に日本書紀が撰進されたとあり、古事記は序文最後の撰進の日付の和銅五年が西暦712年なので、まずデモ版として古事記が太安萬侶によって編纂され、その八年後に舎人親王によってきちんと形を整えた日本書紀が編纂されたのだろう、と考えられているわけだが、このような数字の一致があるからには、古事記と日本書紀は同時に作られたのであって、恰も古事記は日本書紀の八年前に作られたものであるのかのように偽装した、ということでなければあり得ないハナシだ。 しかも、古事記と日本書紀の、どちらか一方の記述だけでは、この両書にまたがるトリッキーな数字の仕掛けはわからず、両書を突き合わせて初めてわかる仕組みになっている。 そのメッセージとして最も考えられることは、このトリッキーな数字の奥には、我々が知る古代史の常識を根底から覆すような、何かとんでもない秘密が隠してある、ということではないだろうか。 とにかく、これから少しずつ、その太安萬侶と舎人親王が密かに伝えようとしたことについてを、書いて行く。 |
危険な古代史 古事記日本書紀のトリッキーな数字の仕掛け もくじ第二章 円周上に配置された神々と古代天皇 第三章 古事記序文の暗号解読 第四章 持統天皇と〇〇の危険な情事! 第五章 古代天皇の多くは、実は女性だった! 第六章 古代女帝たちの鬼畜な不老不死の秘術 第七章 大神神社の秘密〜すべてはヤタから始まった! 第八章 神武天皇は西暦490年頃の人物だった! 第九章 古代女帝政権の終焉 |
最終更新日:令和07年12月22日 学易有丘会
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